こちらは友達のいない管理人がサンフレッチェ広島について気ままに書くゆるゆるブログです。なお私がこの場に不適切と判断したコメント・トラックバックは削除いたしますのでご了承ください。


by somewheresw
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サンフレッチェ広島サッカー講座2日目『熱血指導サンフレッチェユース』 森山 佳郎ユース監督 その1

2日目はここ最近高校年代サッカーチームの頂点にあるサンフレッチェユースの森山佳郎ユース監督の公演がありました。

私としては森山監督の話は、様々な体験談に基づく話でもあり3人の中ではこれが一番面白かった

公演内容は
1:自己紹介
2:プロサッカー選手とは
3:サンフレッチェユースの活躍について
4:サンフレッチェユース指導方針

の4つでした。

まずはJリーガーになるまでとJリーガーになってから引退するまでの森山佳郎について。
一応、森山監督の現役時代を説明しますと、森山さんは通称ゴリさんの愛称で親しまれるムードメーカーの要素を持つ右サイドバックの選手としてサンフレッチェ広島(91~95)、 横浜フリューゲルス(96~97)、 ジュビロ磐田(98)、 湘南ベルマーレ(99)の約10年間Jリーガーとして活躍され、日本代表にもファルカン時代に7試合招聘されています。

まず自己のサンフレッチェ時代および日本代表に出場したときのVTRを流しました。
サンフレッチェ時代はサンフレッチェがもっとも強かった時期で94年1stステージで優勝に貢献したシーン(優勝決めたチェルニーへの魂のセンターリングのところなど)や得点決めてユニホーム脱いでイエローもらうシーンなどを流して「OOさんは今と違って髪の毛がありましたね~」など時々おちゃらけも含みながら説明。こんな感じで時々お笑い的要素を含めての講義だから面白かった。

VTR終わってからはプロに入るまでの話でした。
内容は人生はマイナスと思ったことも今思えばプラスに作用しているということを自らの半生から例えての話でした。

森山監督は、中1のときに色々あってサッカー部ではなくバスケット部に入部しサッカーから離れます。しかし、サッカーへの愛着が大きいことを日に日に感じて、結局は中2にサッカー部に入ってからずっとサッカーの人生だそうです。中1サッカーしなかったことは技術的にはマイナスだったかもしれないがサッカーから離れていたことから、自分のサッカーへの愛着を気づき今までサッカーに携わるモチベーションになったとのこと。

その後、森山監督は高校へ進学したわけですが、そこは国見だとか鹿児島実業のようなサッカーの指導者がいない学校でした。サッカー部の顧問もサッカーに熱心でなくサッカーをやる上では逆境ともいえる条件だったそうで。
しかし、自分達で練習試合の相手を探すだとか練習メニューを組むことで自分で考えるクセがつきこれは選手時代、現在の指導者をやる上で役に立ったと。

その後大学受験になるわけですが、推薦での出願時期を勘違いした森山監督は願書の締め切りに間に合わず浪人生活をすることになり寝ることを幸せに思えるくらい日々猛勉強をして、翌年筑波大学に合格します。
実家の熊本から出て筑波大学にいくわけですが、生活のためにすかいら~くで深夜のアルバイトを食材をくすねながらしました。深夜労働はたいへんだったが、おかげで栄養面では苦労しなかったらしい。大学時代は入学時はCチームなかなか試合に出られずビデオ係などばかりだったが、4年になって時々ながら試合にでられるようになった。たまたま出場して大活躍していた試合に偶然に今西総監督などサンフのスカウトが見学に来てスカウトされサンフレッチェに入団します。

2:プロサッカー選手とは につづく
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by somewheresw | 2005-02-24 15:44 | 其の他